ガンダムシリーズの最新作『機動戦士ガンダムRG アレックスゼロ』が発表された。本来ならガンダムファンとして胸を躍らせるべきニュースなのだが、正直なところ、私の心はどこまでも冷やかだ。
TL(タイムライン)が盛り上がる一方で、なぜこれほどまでに白けてしまうのか。
理由はシンプルだ。 現実世界でこれだけAIやフィジカルAI(実体を持つロボット技術)が急速に普及している中で、50年近く前の「人間が乗り込んで操縦するロボット」という設定を未だに引き摺っているからだ。
現実がSFを追い抜いた時代
いまやAIは単なるチャットボットにとどまらず、フィジカルAIとして現実のハードウェアを動かし、自律的に複雑なタスクをこなす時代に入っている。軍事の世界を見渡しても、ドローンやAI制御による無人兵器が主役となりつつあるのは明白だ。
人間の反応速度や認知能力には生理的な限界がある。過酷なG(重力加速度)に耐え、コンマ数秒の判断を迫られる戦場において、生身の人間をコックピットに乗せること自体が最大のコストであり、最大の弱点になりつつあるのが現代のリアルだ。
50年前の「リアル」は、現代の「ファンタジー」
1979年に『機動戦士ガンダム』が始まった当時、「人間が乗り込んで戦う巨大な兵器」という設定は、従来のスーパーロボットものに対する革新的な「リアリティ」だった。
しかし、半世紀近くが経過し、テクノロジーの前提が根底から覆った。
AIが社会や産業、防衛の現場をアップデートし続けている現代において、わざわざ人間が操縦席に座り、レバーを握って巨大ロボットを動かすという図式は、リアリティどころか完全なファンタジー(あるいは時代錯誤なノスタルジー)に映ってしまう。
「アニメなのだからロマンがあればいい」という意見もあるだろう。 だが、ガンダムというブランドが評価されてきた本質は、いつの時代も「その時代の最新科学や社会情勢を反映させたリアリティの追求」にあったはずだ。
求められているのは「過去の継承」ではなく「前提のアップデート」
現代のテクノロジーを踏まえた上で、もし本当に刺激的なガンダムを作るのであれば、 高度なフィジカルAIが支配する戦場で、人間はどのような役割を果たすのか? 人間の意思決定とAIの自律制御が衝突した時、何が起きるのか? といった、現代だからこそ描けるテーマに正面から切り込むべきではないだろうか。
50年前の成功体験と設定の遺産に依存し、機体名や見た目だけをマイナーチェンジした「人間が乗るガンダム」を繰り返し提示されても、冷めた視線を送らざるを得ない。 AI時代の足音がここまで大きく響く今だからこそ、ロボットアニメというジャンルそのものが試されている気がしてならない。

