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kinto-unのブログ

中国の小さな会社で働くkinto-unの徒然日記

Lada Gaga

LADY GAGAレディー・ガガ)の曲が気にかかる。
エンターテインメントの普遍性を感じた。

LADY GAGA / レディー・ガガ

子供のころ彼女は小さいテープ・レコーダーを片手に提げ、スピーカーから流れるマイケル・ジャクソンシンディー・ローパーの声に合わせて彼らのヒット曲を歌っていた。ローリング・ストーンズビートルズの曲が流れ出せば、パパの胸に飛び込んで、抱き上げられ、ビートに合わせ体を動かしていた。ニューヨーク市アッパー・ウェスト・サイドの高級レストランでは元気でおマセな少女だけに許された特権のように テーブルによじ上り、パンをバトン代わりに持ち、皆の前でダンスを披露していた。新しいベビー・シッターが家を訪れたときには、真っ裸でそのベビー・シッターの前に走り込み、無邪気に挨拶を交わしていた。

イタリア系ニューヨーカーの両親のもとで大切に育てられたお嬢様。現在はきらびやかな衣装をまとい、あざやかな演出を醸し出すマルチタレント・シンガーソングライターとしての立派な人生を送っている。そう、お嬢様は今やレディー・ガガという名前のエンターテイナーなのだ。

「昔からワタシはエンターテイナーね。本当に小さな頃から。そんなワタシも今じゃ一人前」、と言う22歳のレディー・ガガ。はじめてその名が世に知れ渡ったのはダウンタウンイーストサイド・クラブでパーティー・ポップ・ソングを披露した時だ。曲名は「ビューティフル、ダーティー、リッチ」。自分でデザインし手作りで仕上げた衣装をまとってステージに登場するガガ。過激な演出とパフォーマンスで衣装を脱ぎ捨て、ホットパンツ(こちらももちろん自前)とビキニ姿になり、ヘアスプレー缶に炎を点火し、『ア・クロックワーク・オレンジ』の管弦サウンドエフェクトに合わせ天井からディスコボールが下りてくる中、ポーズを決めていた。

「今も変わらず、ずっと愛してきたものがあるの。それはロックとポップとシアター。はじめてクイーンとデヴィッド・ボウイを観た瞬間、ワタシもこの3つになれる!って確信したわ」、とガガ。ちなみに"ガガ"という名前はクイーンの楽曲「レイディオ・ガガ」から来ているという。ファッションに関しては自らの友人でもあるペギー・バンディーとドナテッラ・ヴェルサーチを理想の女性だと語る。「彼女たちがワタシの"アート"そのもののシンボルね。音楽という域を超えてるわ。それはパフォーマンスでもあるし、アティチュードでもあるし、ルックスでもある。もう全てよ。で、アーティストとしてのワタシはその世界に身を置いていて、彼女たちを目指しているの」

彼女が目指すゴールは遥か彼方かのように思える。しかし、そう決めつける前にここでガガの経歴をチェックしておこう。
4歳ですでに楽譜なしでピアノが弾けるようになり、13歳になるころには初のピアノ・バラードを作曲。14歳ではニューヨークのビター・エンドというナイトクラブなどでオープンマイク・ステージを披露し、昼間はマンハッタンの聖心女子学院ヒルトン姉妹が通っていたことでも有名な私立学校)に通い、クラスメイトたちからは独特なファッションスタイルが理由で一目置かれる。17歳では、世界から20名しか早期入学が許されないと言われるニューヨーク大学の芸術学部に合格し、20歳になるころには超有名アーティスト(プッシーキャット・ドールズを筆頭にさまざまなインタースコープ・アーティストたち)のためソングライティングを果たしている。ガガ自身のデビューアルバムがリリースされる以前から、彼女は既に動き出していたのだ。

「アーティストとしてのワタシの目標は、ポップなものを世界中にユニークなカタチで届けることよ」、とガガは話す。ニュー・アルバム『ザ・フェイム』(Streamline/Interscope/KonLive)では、彼女自身が全リリックを手掛け、メロディー作曲を自分でこなし、ほとんどのシンセサイザーも自らの演奏によるものだという。「クールなポップ・ソングの世界にみんなを連れ込みたいの。そこはお砂糖で出来あがった世界で、ワタシがおクスリ」

アルバム『ザ・フェイム』の構成はこんな感じだ。ダンス・ポップが50%、エレクトロ・ポップが25%、きわどいクラブ感あふれるロック・サウンドが25%。特に最後の25%でリスナーの耳を酔わせてくれる。まさに"フェイム"の世界へのいざないだ。「"フェイム"っていうのは誰でも有名人になれるってこと」、と彼女は言う。「ポップ・カルチャーこそが"アート"ね。ポップ・カルチャーを嫌っていたってほんもののクールさは味わえない。だからワタシはそれを飲み込み、そしてそれを『ザ・フェイム』で表現した。でもそれはワタシだけのものじゃなくて"あなた"のものでもある。あなたたちみんなをパーティーにご招待。ワタシのライフスタイルをみんなで味わってちょうだい!」

CDの一曲目はファースト・シングルの「ジャスト・ダンス」。悦楽のL.A.セレブレーション・ヴァイブでダンスフロアを沸かせてくれる。それと同じくらいキャッチーなのが「ボーイズ・ボーイズ・ボーイズ」だ。ガガは遠慮なく自身の影響を語ってくれる。「モトリー・クルーの「ガールズ・ガールズ・ガールズ」って曲に感化されたの、あの女の子ヴァージョンをつくりたいって思った。もちろんワタシらしい仕掛けを加えてね。ロック好きの子にも気に入ってもらえると思うわ。」

「ビューティフル、ダーティー、リッチ」は自分探しの結果できあがった楽曲だと言う。ダウンタウンイースト・サイドのパーティー・シーンで暴れてた時期だ。「あの時期とあの曲は、いろいろなことを考えたワタシを象徴してるわね」、とガガは語る。「アーティストとしての自分が見つかった時点で、その生き方に惚れこんだ。パーティーなんかやってるよりずっと良かったわね」 「パパラッチ」という楽曲が収録されているが、一聴したところ、大勢のカメラマンに囲まれフラッシュライトを求めているかのように解釈できるところもある。だがしかしそうではない、と彼女は言う。たしかに誰もがそんな人生にあこがれることもある。しかし実際は、特別な一人の男性に愛されたいという思いが一方にあって、愛と成功、どちらか一方しか得られないものなのか、両方得られるのだろうか、という葛藤のテーマを表現しているものなのだ。

ラヴソングに対するガガの情熱は、クイーンに感化されたソフトでメロディアスな楽曲「ブラウン・アイズ」や、さわやかなラストキスを最後にお別れ、という意味の曲「エイ、エイ(ナッシング・エルス・アイ・キャン・セイ)」でも聴くことができる。「アルバムでは「ブラウン・アイズ」が一番ソフトね」、と彼女は言う。「「エイ、エイ」はシンプルでポップな曲。新しい恋人を見つけて、前のボーイフレンドとはサヨナラって曲よ」

今後のプロモーションツアーでは、今まで以上にレベルアップした高級感を披露してくれるという。たとえば2007年8月に開催されたロラパルーザや2008年3月のウィンター・ミュージック・カンフェレンスを超えるものが期待できそうだ。「これまで数年にわたって披露してきたのは自前のダウンタウン・パフォーマンスだったんだけど、今予定してるこのツアーはファッション・デザイナーも呼んでもっと豪華なもになるわね。 さらに高級感あふれるものだけど、ワタシが個人的に気に入ってるディスコボールやホットパンツやシークインやスティレットヒールはそのまま残すつもり。ただより激しくなっているし、ちゃんとしたヴィジョンやコンセプトも組んだポップ・パフォーマンスになるわ」

音楽業界にこのようなポップアーティストが現れるのは久々のことではないだろうか。というのは、レディー・ガガはクラブでのギグやセルフ・プロモーションを通して自力で這い上がって来たアーティストだ。モデル・キャストとして引き抜かれたわけでもなく、両親が有名人だったわけでもない。最近流行りのTVのコンテスト番組で優勝してプロになったってわけでもなければ、ティーン向けのTV番組から出てきたわけでもない。「ワタシはトラディショナルなやり方でここまで来た。マンハッタンのあらゆるクラブで歌ってきたし、どこのクラブであろうと沸かせてきたし、盛り上げられないクラブなんて存在しなかった。そうしたら、いつのまにかアーティストになっていた。アーティストとして生き残る術を学んできたし、一人の人間として生きる術も、逆に失敗してそこから立ち直る術も、シンガーとしてパフォーマーとして生きる術も学んできた。それに、いつだって本気だからね。」

ガガはウィンクしてこう付け加える。 
「ワタシが一枚の衣装をまとうたびに、世界は一歩ずつ変化してゆくの」