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kinto-unのブログ

中国の小さな会社で働くkinto-unの徒然日記

忠誠心

”忠誠心“というものを履き違えないようにしなければならない。

ある一人の部下が私に対して極めて強い忠誠心を持ってくれてるとしても、所属している組織の発展のためもしくは発展後にその部下があまり良い能力を持っていない場合、残念ながらその部下の待遇を変えざるを得ない。

誰にとっても難しいことだが、仲良し人事は厳に戒めねばならない。

OneDriveの容量を無制限に

Office 365のユーザーであれば、OneDriveの容量を無制限にできるみたい?

preview.onedrive.com

ということで、一応申し込んでみた。

 

写真の逆光補正

撮った写真が逆光になってしまった時の逆光補正が、Windowsフォトギャラリーで簡単にできる。

Windowsフォトギャラリーで写真を開き、

「編集」タブ→微調整

「露出の調整」

シャドウを明るく、ハイライトを暗くの方向で、逆光補正を行うことができる。

関係性の逆転

「ダイヤログ・イン・ザ・ダーク(DID)」は、真っ暗闇の中に8人1チームで入場し、アテンドと呼ばれる視覚障害者に案内役をしてもらうことにより、立場がリセット/フラットになり、共同作業を通してお互いの信頼を高めるイベント。
日常の世界とは関係性を逆転させることにより、起き得ること。
これは何かのヒントになる。

セガはどこかの会社に売られるのかもしれない

セガサミーが、

「4月1日~16日に309万株・総額55億円の自社株買い実施、2月12日発表分の自社株買いが終了」

という発表をしながら、実はその裏で

「里見会長が1687万株・総額300億円分を売却したのでは〔日経QUICKニュース(NQN)〕」

というニュースが流れた。

買っている株より、売っている株の方が圧倒的に多い、、、

これってどうなの?

というより何より、”里見会長がセガを手放したい”という意思が見えるのが重い。。。

ちなみに、なぜセガをか?というと、サミーは大きな利益を出しているから手放すとは思えないので。

セガホールディングス」などとホールディングスの下にホールディングスを作ったり、役員が同じような顔ぶれにも関わらず細かく子会社に切り分けたりと、不思議なことをやっているなぁと思ったら、これってセガを切り売りしやすくするための準備なんじゃないの?などと勘ぐってしまう。

もし本当に里見会長(もしくはサミー)という大口スポンサーがセガ資金援助しない(自身の持ち株を大量売却)という方向に向かっているのなら、もうこれは別のスポンサーを探すしか無いわけで、つまりセガをどこかの会社が買う(スポンサーになって救済する)しかないよねって思ってしまうがどうなんだろう。

まぁそもそもすでに「セガ」という社名自体はこの4月1日の組織改編で消滅しているわけだが・・・。

 

グノシー、本当に上場するの?

グノシー、本当に4月28日に上場するの?

ニュースキュレーションアプリって、個人の趣味でソフト作ってベクターあたりで配布して小遣い稼ぎする程度のものなんじゃないかと思ってたんだが。。。

というか、宣伝費作って会員数集め、赤字のままでも、株主がIPOで莫大に儲かるなら、それって誰でもできるのでは?って思ってしまうけど、何か私の知識不足とかで誤解あるのかな?

広告宣伝費に10億円つぎ込んで、利用者を70万人増(180⇒250万人)したとか。

それはいいと思うけど、でも、それって誰でもできる。つまらんアプリでもできる。

で、赤字のままでいいんでしょう?

その状態のまま速攻で上場すると、株主(創業者やVC)は50倍ぐらいになって、莫大に儲かって(キャピタルゲイン)エグジットなわけでしょう。

 

繰り返すけど、広告宣伝費を突っ込んで会員数を増やし、それでIPOしたら何十倍にもなってリターンが来る、ってことって、誰でも、どんなアプリでもできてしまうでしょう。

5億円突っ込んで、250億円になって戻ってくるのが分かってるなら、誰でもやるよねぇ。

本当に上場するの、これ?

っていうか、上場して高い株価で買う投資家(たぶん個人投資家)がいて、もしgumiのような「上場ゴール」にでもなってしまったら、錬金術の種明かしをライブで見てしまうことになるような気分。

個人的には、”持続的な”利益がしっかり出ることが確認できてからの上場でいいんじゃないかと思うのだが。

(もちろん、広告売上が自作自演売上で無いことが大前提であることは言うまでもないし、まさかそんなことはないと思うが。)

 

PS.

あと、気になるのは、gumiにも出資してた、グノシー創業者の木村新司氏。

シンガポール在住になっているあたりも、あまりにもテクニカルな気がしてしようがないのだが。。。

 

知り過ぎると、思い切ったことができない

今、インターネットやら(SNSやら)のお陰で、ヒトがモノを知り過ぎることが多い。

日本国民の"一億総評論家"状態になるのはかなり危惧される。
メディアも部数が伸びる記事を書く(扇情的であれば事実は別として、部数は伸びる)というモチベーションに抗えないし、広告スポンサーに逆らえない体質も現実的には是正しようがない。

そんなこんなで、いろんなことを知り過ぎて萎縮し、ジャンプできないのは良くないな。
むしろ、知らぬが故に「バカなことを・・・」と言われる方がいい。
本当にセンスが良い人間なら、知らないことで飛躍できることがあると思う。

ヤンチャと第二弾

ある一つの事業で大きな成功を収めた人がいる。これが第一弾とする。
(ベースは、タイムマシン経営ではあったのだが)
で、この同じ人が、第二弾を「今度はオリジナルだ」「次の時流に乗ってる」と言わんばかりに起業する。

この時に思い出すのは、第一弾の時は"無名だったから"、実はいろいろヤンチャをやらかしているんだよねってこと。
個人情報保護もへったくれもなく、そもそも法律が追いついてなかったりする中で、会員数や売上を伸ばしたわけで。

そういうことを思い出すこともせず、「あの成功を収めたこの人がやるんだから」という期待感の中での第二弾。
もうこの時には、この人は有名になっているわけだから、注目度も高く、法律なんかも整備されていたりして、つまり結局、、、無茶できないわけであるが「私、第二弾やります!」と大々的に発表しちゃう。

第二弾を開始する時のハードルを、自ら上げる必要があるのだろうか?